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西高の想い出 [西高2回生寄稿集]

西高2回生 清村 克行

 「高校に入ったら、関東関西旅行に行ける・・」との甘い期待を見事に裏切られた。ロの字型の暗い木造2階建て校舎で北門が正門だった。2回生は、10クラス約530名。最初の校内模試試験で、順番が下から数えた方が早かった(500番台)。学校は面白くなかった。行きたくなかった。親に話したら、「折角入ったのだから、勿体ない」と怒られ、仕方なく通っていたように思う。50年以上前の話で多少前後することがあるかもしれません。ご容赦ください。
 そんな1年生の秋ころ、学友から部活動対抗の「ソフトボール大会」の加勢を頼まれて部室に行った所、新入部員と紹介され、そのまま入部。あまり知られていない「図書部」で、旧図書館の裏に部室があった。主な活動は図書館の司書の手伝いや返却本の片づけ・整理と、読書感想文の募集・発表、他校との交流会「読書会」、視聴覚室での音楽鑑賞会(クラッシック)の開催だった。部活の中で仲間(今も付き合っている親友や女友達)を得て、少しづつ前向きになっていったように思う。そして2年生で部長に昇格していた。この前のお盆に佐賀県立図書館で見た50年前の「栄城九十周年の記念誌」のクラブ活動の欄にはもう「図書部」の記載はなく、いつのまにか消滅していたみたいだ。残念。
 文系の男女混合クラスの3年4組、運動会ではマトイを掲げた「E組」の応援団長をやった。
体育祭 応援風景.jpg
集合写真体育祭 .jpg

 ストームでは委員を希望し、旧制高校の「寮歌」「校歌」等を覚えた。
ストーム リーダー集合写真.jpg

 クラス内でのグループ交際(男・女ともに4名)もやっており、サイクリングで柳川まで遊びに行ったこともあります。
 10月の終わり頃から、数学や国語のノートに日記を書いていた。今までの人生の中で「これっきりの日記」(約60日分)です。なぜか今でも手元に残っています。
交換日記.jpg

 毎日校門の前で、彼女の部活帰りを待ち、二人の家が佐賀球場の方だったので一緒に話をしながら帰りました。日記には、その時々の感情や彼女への想い、悶々とする日々の記録が綴られていました。 「愛」や「恋」や「友情」だの、プラトニックな内容で溢れていた。「大学」や「人生」や「死」とかもあった。恋に恋していた詩人だった。そして翌年の2月初めに、夕焼けに染まるその球場で「振られた」。彼女いわく、「会話が硬すぎて、ついて行けない」と。大学受験の直前だった。
 
 失意の中、一期校の長崎大学・経済は落ち、二期校の佐賀大学・経済にはなんとか入学できた。受験科目5科目で、社会は選択で「世界史」、理科は「物理」指定で良かったかも。
 
 西高で学んだものは、「友情」と「失恋」だったかも知れない。


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